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6月16日(木) 晴れ

[ 行程 ]
礼文町知床(礼文島) D40 ==> 久種湖 礼文林道 ==> 香深井 D40 ==> 高山植物園 D40 ==> 
船泊村 D507 ==> スコトン岬 D507 ==> トド島展望台 礼文林道 ==> 香深(礼文島)
(フェリー) ==> 稚内 R238==> R40==> D84 ==> 豊富温泉
 (注) 道路番号の「R」は国道、「D」は道道

[ 久種湖 ]
 北海道へ来て5日目の朝を迎えた。晴れ渡った空、澄み切った空気、都会では味わうことができない清々しい朝だ。朝食の前に久種湖の朝霧を見たいと思って、車を走らせた。太陽は水平線から離れたばかり。まだ4時半だというのにコンブ採りの舟が沖を目指して進んでいた。

 車の窓を開けて走っているとあの独特の磯の香が車内を満たす。小さい頃、海辺で育った自分にはなんとなく懐かしい感じがする。

 久種湖(くしゅこ)は、礼文島の北端にある周囲4kmの小さな湖である。西側には自然探勝路が設けられており、春にはミズバショウ、リュウキンカといった湿原に咲く花を楽しむことができる。また、ここは年間を通して140種もの鳥が見られるとのこと。

久種湖

コヨシキリ


 昨日の利尻島・オタトマリ沼で見た朝霧が強く印象に残っていて、今朝の久種湖でも、と期待して来たのだが、朝霧は出ていたものの、樹木が繁って暗くなっている湖岸の辺りにうっすら見えた程度で少々ガッカリ。湖岸の葦原では朝日を浴びてコヨシキリが盛んに囀っていた。

 久種湖で見かけたのはコヨシキリばかり。探鳥をしていていつも不思議に思うのは、同じ場所でも天気がいいから鳥がいるとも限らず、また、寒々とした日でも以外に多くの鳥に巡り合うことがある。鳥の行動はさっぱりわからない。鳥に聞けるものなら聞いてみたいものだ。

 朝食は6時半。民宿の客の多くは花を求めてのトレッキングが目的で、宿もそうした客への配慮から朝食時間を早めにセットしてあるようだ。宿へ戻る途中、海の向こうには利尻富士が裾を朝靄の中に隠して聳えていた。折々に見る利尻富士はいろいろ装いを変えて目を楽しませてくれる。

[ 礼文林道 ]
 昨日の夜、宿の人に教えてもらった花巡りコースは、礼文林道でレブンウスユキソウ、ネムロシオガマを見て、船泊村でレブンアツモリソウの群生地を訪ねるというもの。礼文林道は香深(かふか)から島の中央部を走る山路を抜けて香深井(かふかい)まで約8kmの林道。道幅は細いが車でも行くことができる。

 林道は高原状の砂利混じりの山路。島で一番高い礼文岳でも標高490mしかないから高さがそれほどあるわけでもない。林道に入って10分ぐらい走ったとき、山側に紫色の花が群生しているのが目に入った。ミヤマオダマキだ。宿の近くに咲いていたものと比べると随分背が低い。厳しい環境の中で適応していくために背を縮めたのだろう。

ミヤマオダマキ

 林道の頂上辺りに監視小屋があり、パトロール隊員にレブンウスユキソウの咲いている場所を聞いたら "すぐ近くの小高い丘の上にあるけど、今年は春から花の咲く時期が1週間ぐらい遅れていて、今はあまり咲いていない" とのこと。教えてもらった場所を探してみると、よく見ないとわからないほど小さな花がホツンと2輪だけ咲いていた。

レブンウスユキソウ

 林道沿いには色々な花が咲いる。歩くぐらいの速さでゆっくり車を走らせながら花を見つけては撮影。途中で偶然にも同じ民宿に泊まっていた人と行き逢った。花情報などを交換したりしてしばし雑談の後、お互いの健闘を祈って別れた。

ハクサンチドリ

レブンハナシノブ

イワベンケイ

エゾノハクサンイチゲ

レブンシオガマ


 時々、山の間から利尻富士が顔を出す。西海岸の方向には真っ青な空と海が広がっている。できることなら、西海岸の景色をゆっくり歩いて見てみたいのだが、今回は日程的に無理なので我慢。

利尻富士 西海岸方面

チシマフウロ タカネナナカマド チシマキンバイ ゴゼンタチバナ
ミヤマキンバイ マイヅルソウ キクバクワガタ アサギリソウ

[ 高山植物園 ]
 礼文林道では3時間ほど花巡りを楽しんだ。香深井へ出て道道40号線を北に向かい、久種湖の少し東にある高山植物園に立ち寄った。ここでは礼文島で見られる高山植物のうち、50種類ほどを育てており、平成13年には絶滅の危機に瀕しているレブンアツモリソウの培養にも成功したという。

レブンソウ チシマキンバイ タカネミミナグサ キバナノオダマキ
チョウノスケソウ ウルップソウ チシマフウロ オオサクラソウ

 見る花はどれも綺麗には違いないが、やはり自然の野山に咲く花の方が周りの雰囲気と相まってより美しく見える。高山植物園を30分ぐらいで切り上げ、いよいよ今日一番の楽しみ、レブンアツモリソウの群生地へと向かった。

[ レブンアツモリソウ ]
 レブンアツモリソウは礼文島のみに生息する野生のランで、かっては礼文島のいたるところに咲いていたそうだが、盗掘や踏み荒らしなどによって激減し、今では群生地として残されたところは船泊村の一箇所だけになってしまった。アツモリソウは、花の姿を平敦盛の背負った母衣(ほろ;後方からの矢を防ぐ武具)に見立ててつけられた名。

 平敦盛は平家の総帥平清盛の甥。平家滅亡を決定付けた一ノ谷合戦に出陣し、源義経が率いる源氏軍の武将、熊谷直実に討たれた。時に若干16歳。織田信長が舞った「人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり・・・」という幸若舞曲の「敦盛」は、平家物語の一ノ谷合戦から素材を採ったもので、平敦盛の首を討った熊谷直実が無常を感じて出家する物語。

 久種湖から道道40号線に戻り、浜中というところから西海岸の澄海岬(すかいみさき)へ至るよく整備された道を少し行くと、右手の小高い丘の一角に縄張りが施されたレブンアツモリソウ群生地があった。広さはそれほどでもない。駐車場脇には監視小屋が設けられてパトロール隊員が詰めている。

レブンアツモリソウの群生


レブンアツモリソウ チシマフウロ クルマバソウ クゲヌマラン

[ スコトン岬 ]
 今日の予定も残り僅かとなった。スコトン岬は礼文島最北端の地で、1kmほど沖にトド(鯔)島と呼ばれる無人島があって、11月〜4月には数十頭のトドが集まるという。よく晴れた日には宗谷海峡越しにロシア領サハリンを望むことができるとのことであったが、この日は見ることができなかった。

 スコトン岬の由来は、諸説あるアイヌ語の解釈の中で、この岬の西側にあった入り江に付けられた地名「シコトントマリ:大きな窪地(大谷)のある入り江」が有力説のようだ。岬周辺は草原状の台地になっていて、特定国内希少野生動植物に指定されているエゾノシシウドなどの高山植物が花を咲かせる。

スコトン岬・鯔島 トド島周辺の海 タカネミミナグサ

タカネミミナグサ

エゾノシシウド

ミヤマオダマキ


 ここに着いた時はもう12時を回っていたので、岬の土産物売り場で昼食代わりにニシンの昆布巻きを買って食べた。結構ボリュームがあって美味しかった。店の若い店員さんと雑談していたら、"この先にトド島展望台があっていい景色だから寄ってみるといいよ" と教えてくれた。

[ トド島展望台 ]
 スコトン岬を後にして、なだらかな坂道を登っていくと展望台があった。駐車場の一角に石碑(写真左)があるので見てみると銭屋五兵衛の記念碑。彼の生涯を描いた小説、南原幹夫著「銭五の海(上・下巻)」は数年前に読んだこともあってそのストーリーが懐かしく思い出された。

 銭屋五兵衛は安永2年(1773)加賀国宮腰(現在金沢市金石町)に生まれ、17歳で両替商銭屋の家督を継いだ。その後次々に事業を拡大し、北前船を使って海運業を営み江戸時代を代表する大海運業者となる。しかし、河北潟干拓事業に着手したことが災いし、無実の罪により獄中で80歳の生涯を終えた。

 まさか礼文島に石碑があるとは思ってもみなかったが、ロシアとの交易(当時は密貿易)の関係でこの地になにがしかの縁があったのだろう。それはともかく、この辺りにはネムロシオガマ、チシマフウロ、ミヤマオダマキが丘の斜面のいたるところに群生している。これも思わぬ収穫であった。

船泊湾・金田岬方面

ネムロシオガマ

ミヤマオダマキ


[ 豊富温泉へ ]
 
稚内へ渡るフェリーの出港時間は午後4時20分。受付時刻までにはまだ2時間ほどある。礼文島西海岸の風景も見てみたいと思って、昨日の夜宿の人から薦められた宇遠内(うえんない)へ行ってみることとした。香深井から再び礼文林道に入り、しばらく行くと宇遠内への標識があった。ここから先は車が入れず、徒歩で行かなければならない。

 カメラや三脚をリュックに入れて荷物をまとめる準備をしていたら、団体の一行が宇遠内方向からやってきた。同年輩のリーダー格らしき男性に "宇遠内の花はいかがですか?" と聞くと "ウスユキソウは全然咲いていなかったし、花も多くなかった" との返事。"時間はどれくらいかかりますか?" "う〜ん、1時間はみておいたほうがいいかもしれないね" 。ということは往復で2時間。

 このまま行くか、どうしようかと迷った挙句、残念ながら時間的に余裕が無く、断念することにした。仕方なく礼文林道を香深に向けて進む。フェリーターミナルへ着いたのは午後3時。受付時刻までの1時間を喫茶店で過ごすこととした。たまにはこうしてノンビリするのもいいかもしれない。

 少し早めに乗船手続きを終えてフェリーに乗り込む。稚内までの所要時間は1時間55分。船内のラウンジのソファーで本を見ているうちに、少し眠ったようで、目が覚めて辺りを見回すと他の客も申し合わせたように眠っている。気分転換にデッキへ出てみると遥か後方に先程まで居た礼文島が霞の中にぽっかり浮かんでいた。

 船内の売店で「礼文・利尻の花」「利尻・礼文・サロベツの自然観察」「最北彩影」「さいはての花と旅」「さいはての花」の5冊の本を買った。山へ出かけたときに、現地でしか見られない本を集めるのも楽しみの一つ。掲載されている花はどれも似たりよったりだが、必ず固有種が掲載されていて、後で花名やその由来を調べるときに重宝する。

 船は定刻どおり稚内港に着いた。今日の宿泊地豊富温泉までは43km、約1時間の道程。国道238号線から40号線へ入る。さすがに稚内市内は車が多かったが郊外へ抜けたら行き交う車も少なく、快適そのもの。途中でキタキツネを見かけてカメラを向けたがすでに繁みに隠れてしまって空振り。

 礼文島では景色を撮ることも忘れて花の撮影に夢中になってしまった。せめて夕焼けの利尻富士でも、と思って車を走らせていたのだが、なかなかこれといったビュースポットがない。それにあまりにも天気が良すぎてそれらしき雲もなく、写真で見るような茜色に染まる夕焼け空は望めそうもない。なんとか撮れたのが左の写真。

 豊富温泉は、大正末期に拓かれた北海道でも歴史のある名湯のひとつ。また、日本最北の温泉郷でもある。町の西には広大なサロベツ原野を擁し、利尻水道を挟んで利尻島が美しい姿を見せる。
 宿に着いたのは7時少し前。庭の木立に陽が沈む時刻であった。しばらく空を眺めていたがやはりイメージした夕焼けには程遠い。

 今日と明日はここ豊富温泉の民宿に連泊してじっくりサロベツ原野を見て回るという趣向。宿はインターネットで調べた時の印象より遥かに敷地が大きく、庭にはたくさんの花が植えられている。また、小さいながらも池があって水面に映る針葉樹の姿が美しい。

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