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大雪山と湿原巡り 〜 沼ノ平湿原 〜


7月27日(木) 晴れ

[ 行程 ]
愛山渓温泉 ==> 三十三曲分岐 ==> 沼ノ平分岐 ==> 沼ノ平 ==> 第二展望台 ==> 沼ノ平 ==> 
沼ノ平分岐 ==> 三十三曲分岐 ==> 愛山渓温泉 D223  ==> 東雲 R39 ==> 層雲峡温泉 
 (注) 道路番号の「R」は国道、「D」は道道

[ 大雪山国立公園 ]
 永山岳の山麓にある愛山渓倶楽部の建物は、相米慎二監督の映画「風花」の舞台になったところ。主演は小泉今日子・浅野忠信で孤独な若手キャリア官僚とピンサロ嬢の姿を描いた平成12年の作品である。残念ながら私は観ていないのでどんな映画だったのか知らない。愛山渓を含めた大雪山一帯は昭和9年(1934年)に国立公園の指定を受けており、映画の背景ともなる自然の美しさはロマンを語る格好の舞台といえるだろう。

 北海道には「利尻礼文サロベツ」「知床」「阿寒」「釧路湿原」「大雪山」「支笏洞爺」の6つの国立公園があり、今回の大雪山でそのうちの5つを訪れたたことになる。残る支笏洞爺国立公園にも機会があれば是非行ってみたいものだ。大雪山国立公園は、日本最大の山岳自然公園で南北63km、東西59km、面積にして2,268km2と、ほぼ神奈川県の面積に匹敵する広さを有している。また、活火山を擁していることから山麓には豊富な温泉が湧き出しており、「層雲峡」「勇駒別(旭岳温泉に改名)」「天人峡」「糠平」「白金」「然別湖」「トムラウシ」などの温泉がある。

[ 四日目の山登り ]
 北海道へ来てから初日を除いてすべて山登り。とは言ってもこれまでは雨竜沼湿原へ向かう険竜坂付近での登りが少々キツかっただけでハイキング程度の山歩きだった。今日はいよいよ本格的な登山となる。ただ、大雪山は山容が大きいだけに爪先上がりの急坂はあまりない。体力さえあればなんとかこなせる山と言えるのではなかろうか。むしろ三重県の鈴鹿山系の方が山登りとしては筋力・体力ともに消耗するような気がする。

 午前6時。宿を出て登山道入口で入山届(写真左)を済ませて出発。しばらくなだらかな広い道が続き、急に道が細くなったと思ったら、「熊出没 入林注意」の案内標識(写真右)。ドキッ!。昨日聞いた宿の主人の話が頭をよぎり思わず緊張感が走る。早速、旭岳温泉ロープウェイの山麓駅で買った熊よけの鈴を取り出してリュックにぶらさげた。そういえば携帯ラジオも持ってきたことを思い出し、鳴らしてみると広大な自然の中ではなんともみすぼらしい音にしか聞こえない。これでは役に立ちそうもなく、またリュックの中へ。

 歩き始めて最初に出会った花がギンリョウソウ。不思議なもので、初見した花の名を覚えるとそれから後は度々見かけるようになる。きっと名前を知らないうちは見えているはずなのに視野には入っていないのだろう。これは鳥についても言えることで、自宅付近にはハト、スズメ、カラスぐらいしか居ないものと思っていたが鳥の写真を撮り始めていろいろな鳥に出会ううちに、これまで知らなかった種類の鳥が居ることに気が付いた。やはり名前やその由来を覚えることが大切なんだと思う。

 話が脇道にそれてしまった。元の道に戻ろう。山道は次第に斜度を増してきた。30分ぐらい歩くと橋があり、渡り切ったところが「三十三曲りコース分岐」。右側の道はいきなりの急斜面で「三十三曲りコース」。こちらは帰路に利用するとして左側のポンアンタロマ川沿いの「沢コース」を進むことにする。ところで、三十三曲りコースを挟んでポンアンタロマ川と安足間川というよく似た名前の川が流れている。「ポン」はアイヌ語で「小さい」、「アンタロマ(安足間)」は「淵のあるもの」という意味だから「小淵のあるもの」ということになる。これも余談。

ギンリョウソウ ハクサンチドリ エゾノリュウキンカ オオバミゾホオズキ
シナノキンバイ ??? ミソガワソウ ウサギギク

 登山道はところどころに川辺へ降りられるところがあり、水辺では7月下旬というのにリュウキンカの群生を見ることができた。その傍にはオオバミゾホオズキやシナノキンバイなどが美しい黄色の花を咲かせていた。ミソガワソウを撮ったときは "ラショウモンカズラとよく似た花があるなぁ" と何気なく写しただけで、名前も分らなかった。後でミソガワソウと知ったときは "しまった! もう少し丁寧に撮っておけばよかった" と思ったが後の祭り。

 道はさらに斜度を増す。登っているうちにふと空腹を覚え、まだ朝食をとっていないことに気が付いた。景色の良いところを選んで川辺に降り、時計を見るともう7時を少し回っていた。朝食は今日もおにぎり。せめてもの慰めはポンアンタロマ川の清流(写真左)が奏でる涼やかな瀬音。ここでテレマンのターフェルムジークを聴くには似つかわしくない。食事を終えてさらに高度を上げると滝が見えた。どうやら昇天の滝(写真右)のようだ。

 「滝の上分岐」から「沼ノ平分岐」への登山道は過日の雨で泥濘がひどく、そのうえ笹が両側から迫って道を覆っている。時折、"ひょっとしたらこんなところに熊が・・・" と不安が頭をかすめる中で必死の藪漕ぎ。登り始めて2時間ばかり経った頃ようやく勾配がゆるやかになり、視界も開けてきた。いよいよ「八島分岐」。ここを真っ直ぐ進むと松仙園方面への道となる。コースを左に折れて「沼ノ平」へと向かう。

[ 沼ノ平 ]
 沼ノ平一帯の湿原には、一の沼から六の沼までの6つの池塘と無名の沼が数十もある。沼ノ平湿原は、当麻岳(2,076m)---(当麻:アイヌ語のトウオマが転訛してトウマになったもので、沼地の中の意)---北西斜面の溶岩の凹地に形成された湿原で、面積は約37.4ha。湿原の土壌ともなっている泥炭層の厚さは約1mにもなり、その形成年代は4,500年前と推定されている。この湿原は池塘が棚田状になっていて形・大きさ・深さがそれぞれ異なっており、その独特の景観は正にカムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)に相応しい。

 湿原に入るとここにも木道が敷かれ、歩き易くなっている。ホッ!。直ぐに現れたのが「北の沼」。沼の周囲には残雪が白い縁取りを作っている。右手を見るといくつか小さな沼が点在しており、この辺りの沼を総称して「五の沼」と呼んでいる。遥か北には天塩(てしお)岳(1,558m)が遠くに霞んで見える。続いて「半月沼」。ここでは思いもかけずミズバショウが咲いているのを見ることができた。

北の沼・右の写真の花はエゾコザクラの群生 半月沼・ミズバショウ

 木道脇には思ったより花が少ない。ガイドブックには十数種類の花が紹介されているが、湿原の植物はスゲ類、コケ類が多く、あまり目立たないからかもしれない。間もなく今度は左手に沼が連なっているのが見えた。沼ノ平の南端「六の沼」だ。ここは「五の沼」と比べると花の種類、数も多い。雪はすっかり解けていて鮮やかな緑が目に沁みるようだ。

エゾノリュウキンカ エゾノレイジンソウ アオノツガザクラ

タチギボウシ ヒメツルコケモモ ヤマブキショウマ ミヤマリンドウ

 六の沼の大池で休憩。こういうのどかな風景を見ながらのんびり時を過ごすのも趣があっていい。ここで泥にまみれた靴やズボンの裾を洗ってちょっとさっぱりした。池ではカルガモの親子が悠々と泳いでいる。そう言えば、今日はまだ一人も会っていない。まるで大雪山を独り占めしたような贅沢な気分だ。当初の予定では、六の沼から引き返して松仙園へ行くつもりだったが予定を変更したので更に先へ進むことにした。

六の沼の大池。右の写真向こう岸近くににカルガモ。 六の沼全景

 次の目的地は第二展望台。少し急な道を登りながら後ろを振り返ると、五の沼、六の沼の全貌が次第に姿を現す。笹に囲まれた山道をようやく抜け出ると稜線に出た。この辺りが第二展望台らしい。ここから更に進むと当麻乗越に至るが、いったん坂を下ってから再び登り返さなければならないのでとりあえず眺望が良さそうなところを探した。

 登山道から少しに外れた左手前方の一段高いところに大きな岩があり、その頂で写真を撮っている人がいた。今日、初めて出会った人の姿だ。切り立った岩の足場の悪いところに三脚を立て、熱心に写真を撮っているので声は掛けづらい。すぐ近くまで行くと向こうから "どちらまで?" と尋ねられた。"愛山渓から来て、また引き返すところです" と答えると、"今日は天気が良くて撮影日和ですね"。その通りで、旭岳がくっきりと間近に見える。

 眼下には大小の沼が空を映して青く光っているのが見える。写真ではとても表現できないほどの雄大な風景で、そこに点在する沼が絶妙のアクセントをつけている。カムイミンタラとはこのような風景を指すのだろうか。しばらくは声も無く見とれていただけだった。超広角レンズを持ってこなかったので、風景の一部分しか写すことができなかったのが残念。

向こうは旭岳 大小の池塘群

 しばらく夢中で写真を撮っているうちに、先程のカメラマンが居なくなった。どうやら愛山渓方面へ向かったらしい。時刻は11時15分。それでも宿を出てからもう5時間が経過している。こちらもそろそろ引き返そう。帰り道はすべて下り。調子に乗って速く降りすぎると膝を痛めるのでスピードをセーブしなければいけない。それでも12時少し前には六の沼の大池に着いた。ここで昼食。大自然の中で四方に広がる雄大な景色を眺めながらの食事の味はまた格別。

 六の沼から五ノ沼までゆっくり花を探しながらの散策。ツマトリソウは珍しい花ではないが真っ白で可憐な姿が気に入っている。花弁が白飛びしないよう、かつ、質感を出すには露出の調整が難しい。何枚か条件を変えては撮影し、この花を撮るだけでも30分ぐらいの時間を費やした。

ミズバショウ ナガボノシロワレモコウ ワタスゲ
ツマトリソウ チングルマ エゾカンゾウ

 花の撮影を終えて八島分岐へ着いたのは2時45分。ここからコースを右にとり沼ノ平分岐で左へ折れて三十三曲りコースへと入る。愛山渓温泉までは約1時間半の道程である。第一展望台を過ぎたあたりから急に傾斜がキツくなった。このコースを登りに使わなくてよかった。三十三曲り分岐からはとたんに緩やかな道に戻る。愛山渓まで脇目も振らず一気に歩いたおかげで予定の時間を大幅に短縮して3時前には愛山渓温泉に着いた。

[ 再び雲井ヶ原へ ]
 今日の宿泊地の層雲峡温泉までは47km。ゆっくり走っても1時間もあれば十分なのでもう一度雲井ヶ原湿原へ寄ってみることにした。大雪山の山腹の溶岩台地上にある湿原は大部分が高層湿原であり、雲井ヶ原湿原もその代表的な例である。高層湿原と言っても「高いところにある湿原」という意味ではなく、湿原の形成過程を示す用語。

 因みに、湿原とは何か、その形成過程の状態を示す「低層湿原」「高層湿原」「中層湿原」とはどんな意味かについて調べてみた。(http://www.eic.or.jp/ より)

名  称 説                 明
湿  原 植生学でいう湿原は低温・過湿のために枯死したミズゴケが分解されず泥炭となり、水を含んで過湿となった場所をいう。
低層湿原 地下水位が高いため、地下水によって直接涵養されている湿原。
高層湿原 泥炭が多量に蓄積されて周囲よりも高くなったために地下水では涵養されず、雨水のみで維持されている貧栄養な湿原。
中間湿原 低層湿原から高層湿原に移行するときの湿原。地下水で涵養され植生が維持されている低層湿原と、雨水のみによって植生が維持されている高層湿原との中間の性質を持つ湿原。

 前置きが長くなってしまった。本題に戻ろう。今日の雲井ヶ原湿原は晴天に恵まれ、周囲の景色も一段と鮮やかさを増している。昨日は雲っていてよく見えなかった愛別岳から永山岳の山稜をくっきりと見ることができた。

愛別岳(左)から永山岳(右)の山稜


コウリンタンポポ トキソウ バイケイソウ
タチギボウシ ミヤマアキノキリンソウ イチヤクソウ

 時刻は4時半。そろそろ層雲峡温泉へ向かう時間となった。宿に戻ってから外に設けられた洗い場で泥にまみれた靴とズボンの裾を洗って、宿のご主人に今から帰る旨のご挨拶に伺った。宿を出るときに "温泉に入っていかれてはどうですか?" と薦められたが、今日の宿泊は有名な温泉地。しかもこの旅行で初めてのホテル泊まりとなるのでお礼だけを言ってお別れした。

 層雲峡に着くと、立派なホテルやペンション、レストランなどが立ち並んでいる。通りには登山客や観光客が大勢散歩を楽しんでいた。この旅行中、朝食・昼食ともにおにぎりばかりだったので、明日の昼食用にとコンビにでおかずになりそうなものを買い求めた。ホテルではワインを片手に久し振りにリッチな夕食。

 私事ながら、高校時代に柔道で左足を痛め、それ以来、極度に疲労すると膝にむくみが出る。関節炎特有の症状で膝に水が溜まるためだ。殊にスキーなど膝を駆使するスポーツをした後には程度の差こそあれ、必ずといっていいほどこの症状が表れる。今回の旅行でもそれが唯一の心配の種で、これまでなんとか持ちこたえてくれている。とにかく明日だけでも無事に過ごすことができれば・・・と念じつつ、眠りに就いた。

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