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大雪山と湿原巡り 〜 花の路・裾合平 〜


7月26日(水) 晴れ

[ 行程 ]
旭岳温泉 ロープウエイ ==> 姿見 ==> 旭平 ==> 姿見の池 ==> 裾合平 ==> 姿見 ロープウエイ
 ==> 旭岳温泉 D1160.D37.D140 ==> 愛別 R39 ==> 東雲 D223 ==> 雲井ヶ原 ==> 愛山渓温泉 
 (注) 道路番号の「R」は国道、「D」は道道

[ 大雪山の高山植物 ]
 本州では概ね標高2,500m以上が森林限界であるのに対して、大雪山は標高2,000m前後にもかかわらず北緯41度以北と緯度が高いため、標高1,400m〜1,500mでもすでに森林限界となっている。また、千島・カムチャッカ方面、シベリア方面、本州方面の3方からの植物分布の交点に位置していることから、高山植物の種類も200数十といわれるほど多くの花が見られる。

 高山植物の中には、大雪山特の気候風土や環境に適応したダイセツトリカブト、ダイセツヒナオトギリ、エゾマメヤナギなどの特産種もいくつかある。旅行に際して事前に調べたところでは、大雪山での今回の行程に含まれているところで7月中・下旬に開花している花が約180種類、そのうち黒岳周辺が最も種類が多く、70種類程度となっている。

 もっとも、これはそれまで確認された花を全て見ることができたらの話で、実際にはそんなに沢山の花に出会うことはない。この日の目的地、裾合平は花の種類はそれほど多くはないがチングルマなどの単一種による群落の規模が大きいことで知られる。ただ、どのガイドブックにも言えることなのだが、そこに紹介されている花や鳥は最も条件が整ったときに見ることができたり、それまで確認されたものをすべて掲げてあるというのが通例で、常に何割か割り引いておかないとガッカリすることになる。

[ 再び姿見へ ]
 旭岳温泉に連泊した理由は、万が一雨天で登山ができない場合を想定して予備日に一日を充てたことと、姿見周辺は花の種類も比較的多く、多少の雨ならば散策が可能なことによる。この日も昨日と同じように朝6時の始発のロープウェイに乗った。時々雲が広がるものの概ね晴れに恵まれ、姿見のお花畑で見る花も一段と輝きを増して美しい。

チングルマ 旭岳への登山路 ミヤマアキノキリンソウ 旭岳の山裾
キバナシャクナゲ エゾノツガザクラ ミツバオウレン メアカンキンバイ

 目的地の裾合平までは往復約5時間強の道程。写真を撮りながらゆっくり歩いても十分な時間がある。姿見から旭岳を望むと昨日はガスに包まれていた山の頂が雲間隠れに見える。夫婦池の周囲に設けられた散策路を過ぎると裾合平まではほぼ一本道。登山道は旭岳から熊ヶ岳へ続く山腹のトラバースで、アップダウンはあるものの、息が上がるほどではない。道の両脇にはヅガザクラ類に混じってイワブクロ、ミヤマリンドウ、メアカンキンバイが彩りを添える。

コガネイチゴ イワブクロ ミヤマリンドウ キバナシャクナゲ
ウラジロナナカマド ゴゼンタチバナ チングルマ チングルマ

[ 裾合平 ]
 チングルマはすでに盛りを過ぎていたようで、ガイドブックの写真に見られるような大群落にはお目にかかれなかった。それでも随所に淡い黄色を帯びた花弁を霧滴で装飾したチングルマの群生があり、山登りの疲れを癒してくれる。歩き始めて3時間ほど経った頃、三叉路になっている木道があった。ここが裾合分岐。このまま真っ直ぐ進むと明日の目的地、沼ノ平から愛山渓へと向かう。右へ曲がると中岳への道。今日の目的地、裾合平はその途中にある。

チングルマ 大塚・小塚方面 裾合分岐への木道 比布岳方面
旭岳の北斜面は残雪が多かった ビウケナイ沢の沼 中岳方面

 裾合分岐からは二条の木道が沢筋に沿って伸びている。その先にある裾合平の正面にある北鎮岳を中心にして右に中岳・熊ヶ岳・旭岳、左に鋸岳・比布岳・安足間岳・当麻岳・大塚山・小塚山が弧を描くように並んでおり、それぞれの山裾が出合う場所ともなっている。「裾合」の名は、山裾の出合いに由来するのかもしれない。裾合平から見る旭岳はなだらかで簡単に登れそうな気もするが、これだけの雪渓を見るとやはりそれなりの装備を必要としそうだ。

 これまでの北海道旅行記では、アイヌ語地名の由来をいくつか紹介してきたが、大雪山周辺では大町桂月ゆかりの地名が目につく。彼は、土佐藩士の子として高知市で生まれ、詩歌のほか随筆、評論までこなす多彩な才能の持ち主で、大正10年(1921年)層雲峡から天人峡までを縦走し、この時いくつかの景勝地の名を自ら命名して、1923年(大正12年)中央公論に掲載された紀行文「層雲峡から大雪山へ」で紹介している。

 温泉地として有名な層雲峡は、以前からアイヌ語でソウウンベツ(滝の多い川)と呼ばれており、これに因んで大町桂月が命名。層雲峡にある「大函」「小函」も彼の命名によるものだ。この他、旭岳温泉の南に位置する天人峡の全国2位の落差を持つ名瀑「羽衣の滝」、サロマ湖とオホーツク海を隔てる砂州に「龍宮の通路」と名づけたのも大町桂月だと伝えられている。

ミヤマリンドウ メアカンキンバイ メアカンキンバイ イソツツジ
チングルマ アオノツガザクラ コケモモ エゾコザクラ

 裾合平でたっぷり景色と花を堪能してそろそろ帰ろうかと思ったとき、近くで写真を撮っていた人から声をかけられた。"この先に中岳温泉という露天風呂がありますけど行かれないのですか?" 。行きたい気持ちはヤマヤマながら、そこは屋根も囲いもなく、ただ山肌に湯が湧き出しているだけの正真正銘の露天風呂。さすがに躊躇せざるを得ず、丁重にお断りした。

 帰路はこれまでと同じように来た道を引き返す。いつも経験することだが、帰路では往路には気が付かなかった花を見ることが多い。時間や天候の関係で花を閉じていたものもあるのだろう。昨日は姿見から天人ヶ原経由で山麓まで歩いて降りたが、時間の関係もあってロープウェイを利用。

 山麓駅に着いたのは午後2時過ぎ。ここから愛山渓温泉までは約100km。ゆっくり走っても4時には現地へ着けそうだ。一昨日、旭川市内では信号待ちで悩まされたので市街地へは入らず、旭山動物園の少し西の道からJR石北本線沿いに走り、国道39号線の愛別へ抜ける道を選んだ。東雲で39号線と別れ、安足間川(安足間・あんたろま・・・アイヌ語でアンタロマップ:淵のあるもの)沿いにから愛山渓温泉向かう道へ入ると対向車も後続車も無く、無人の野を行くが如くの状態で予定した時間よりかなり早く3時半には愛山渓温泉へ着くことができた。

 余談になるが、旭山動物園は入園者数が国内第1位を誇っている。その人気の秘密は「行動展示」といって動物本来の行動や能力を見せる展示スタイルにあり、さらに、動物たちをできるだけ自然に近い状態で見せる「生態展示」の要素も併せ持つという。端的に言うと、従来のように動物たちが檻に入る「形態展示」ではなく人間が檻に入った状態で動物たちを見るという逆転の発想による展示方法が注目を集めた。どんな様子なのか見たかったが次の機会へのお楽しみ、ということで今回はパス。

[ 雲井ヶ原 ]
 愛山渓温泉は、一般向けの「愛山渓青少年の家」と自炊専用棟「愛山渓ヒュッテ」があるだけの温泉。この二つを総称して「愛山渓倶楽部」と呼んでいる。国道から20kmも離れた山中にあって、電気は自家発電。至って質素な造りだがこれでも立派な天然温泉の宿だ。

 夕食までまだたっぷり時間があったので、明日に予定していた「雲井ヶ原」へ寄ってみることにした。車の中に荷物を置き、カメラだけの身軽な散策。愛山渓ヒュッテの脇に散策路の入り口があり、少し山の中に入ると早くも道の真ん中にイチヤクソウが数株あるのを見つけた。踏まれもしないでよく残っていたものだ。比較的平坦な道を30分も歩くと湿原入り口付近にはもうすっかり大きくなった葉を繁らせたミズバショウがあった。奥へ進むとタチギボウシやトキソウがアチコチに咲いている。

エゾノツガザクラ 雲井ヶ原 コウリンタンポポ ミヤマホツツジ
イチヤクソウ ヤマハハコ タチギボウシ アキノキリンソウ

 湿原内には木道が敷かれていて歩き易い。周囲は美しいアカエゾマツの林に囲まれ、時折遠くで野鳥の鳴声がするぐらいで人は誰もおらず全く静か。中心付近にテラスが設けられていたのでしばし休憩。生憎、雲が出てきて周りの景色はよく見えない。しかし、深い緑に包まれた湿原の中で、ゆったりとした時を過ごしていると心が洗われるようだ。やはり自然はいい。

ホソバノキソチドリ トキソウ バイケイソウ
ギンリョウソウ ハナニガナ 愛山渓青少年の家の夜

 1時間ばかり写真を撮って宿への道へ戻る。薄暗くなった散策路脇の松の根元になにやら白いものがあったので "もしや" と思ってよく見ると、ギンリョウソウ。決して美しい花とは言えないが、今年に入ってから山を歩く度にこの花を探していても一度として出会えなかっただけに見つけたときは嬉しかった。

 宿へ帰って夕食時に明日の行程を説明すると、予定していた高層湿原「松仙園」は "このところの雨で道がぬかるんでいてとても歩けない状態で、しかも案内標識もなく道に迷い易い" という。決定的だったのは下山路となっている林道の一部が熊の通り道になっており、最近も目撃情報があったとの話を聞いて、松仙園は諦めてコースを変更するしかないとの結論になった。

 宿の部屋にはテレビもなく、館内に遊戯施設やラウンジなどもないとあっては早く寝るしか方法がない。今日撮った写真をカメラからフォトストレージに読み込んで明日に備える。北海道4日目も間もなく過ぎようとしている。心配していた足の具合も今のところなんともなさそうでとりあえずは一安心。


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