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大雪山と湿原巡り 〜 旭岳・姿見の池 〜


7月25日(火) 曇り時々晴れ

[ 行程 ]
旭岳温泉 ロープウェイ ==> 姿見 ==> 旭平 ==> 姿見ノ池 ==> 天人ヶ原 ==> 旭岳温泉  

[ カムイミンタラ・大雪山 ]
 ヌタクカムウシュペ(アイヌ語で「川の曲がりくねったところの上に立つ山」)。その昔、アイヌの人から命名された大雪山の名である。また、雄大で神秘的な気高さに満ちた美しい山容は、カムイミンタラ(アイヌ語で「神々の遊ぶ庭」)と尊称され、畏敬の念をもって朝な夕なに崇められてきた山でもある。

 大雪山は、一つの山の名ではなく、旭岳(2,290m)を主峰とする2,000m前後の山二十数座からなる大雪火山群の総称で、北海道中央部の高地全体を指す。大雪山の山域は表大雪・北大雪・東大雪・十勝連峰の四つに区分して呼ばれており、今回の山行きで訪れる「旭平」「裾合平」「沼ノ平」「黒岳」は表大雪に含まれる。

 この山が「大雪山(だいせつざん)」と呼ばれるようになったのは、明治32年(1899年)発行の松原岩五郎著「日本名勝地誌」に紹介されたのが最初で、「大雪山の父」と尊称され、大雪山調査会の調査委員であった小泉秀雄により「大雪山は中央高地の総称」と発表された。その後、明治から大正にかけて活躍した文豪大町桂月が大正12年(1923年)に紀行文の冒頭に「富士山を登って山岳の高さを語れ、大雪山に登って山岳の大きさを知れ」の名言を著してから広く世に知られるようになったという。

 小泉秀雄は、明治44年(1911年)、北海道旭川の上川中学(現・旭川東高)に理科(植物学)教師として赴任した。以後、狩猟のアイヌ民族を除けば登る人はまれであった大雪全域を9年間にわたって踏破して植物採集を行い、20余種の新種を発見。その成果は「小泉秀雄植物図集」として残されている。また、日本山岳会の『山岳』に『北海道中央高地の地学的研究』を発表、著書『大雪山―登山法及登山案内―』を発行するなど、大雪山の名を世に広めた。

 大雪山には小泉秀雄ゆかりの山名を持つ山がいくつかある。比布岳(2,197m。ヒップとは、アイヌ語で石の多いところ。)、白雲岳(2,230m)は彼自身が命名したもの。また小泉岳(2,158m)は彼の功績に因んで名づけられたもである。永山岳(2,046m)は、第2代北海道長官永山武四郎の姓をとって小泉秀雄が命名した地名永山村(旭川市永山)の名をとったものである。

 このほか、人名に由来する山には、桂月岳(1,938m・・大町桂月が大雪山を縦走した折に案内役をつとめた塩谷忠により命名)。間宮岳(2,185m・・大雪山に最初に足跡を残した和人、間宮林蔵を記念して)、松田岳(2,136m・・大雪山に和人として第二の足跡を印した、松田市太郎を記念して)、荒井岳(2,183m・・大正14年の大雪山調査会会長荒井初一を記念して)などがある。

 深田久弥の「日本百名山」には、北海道の山に大雪山と並んで「トムラウシ」「十勝岳」の名がある。これらの山も大雪山系に含まれているのだが、そうしてみると百名山でいう大雪山とは主峰・旭岳のことだろうか。不勉強なことにまだ「日本百名山」を読んだことがないので真実はわからない。

[ 旭岳の登山口・旭平 ]
 前日の夕食の折、宿のご主人と雑談していて "明日は裾合平へ行き、明後日は姿見周辺を散策するつもり" と予定を話したところ、"今年は春から天候不順で、これまでカラッと晴れた日が5日ほどしかなかった。明日もぐずついた天気だけど、明後日からは良くなりそうなので日程を逆にしたら?" と提案された。朝、起きてみるとやはりドンヨリとした曇り空。ここは宿の主人の言に従うほかないと、急遽予定変更。

 ガイドブックによれば、登山道を歩いて姿見までは上り2時間20分、下り1時間40分とある。ロープウェイを利用すれば標高1,100mの山麓駅から標高1,600mの姿見駅までわずか10分。百名山巡りの登山者のようにピークハンティングが目的でもないので下山に登山道を利用し、稼いだ時間を花散策に充てるつもり。

 公営駐車場に車を止めてロープウェイの山麓駅に着くと、始発に乗る人がもう数十人も待っていた。定刻の午前6時、ロープウェイは100人ほどの客を乗せていざ出発。高度が上がるにしたがってガスが濃くなり視界は悪い。姿見駅に着いた頃にはスッポリとガスに包まれ、風もあるようだ。外へ出てみるとかなり肌寒く、ヤッケを着こんで寒さを凌ぐ。時々、風に吹かれたようにガスが薄くなる。

姿見から山麓駅方面 地獄谷の爆裂火口 ガスに煙る姿見 エゾノツガザクラ

 姿見周辺には夫婦池と呼ばれ、寄り添うように並ぶ鏡池と擂鉢池、泥沼、満月沼、舟窪沼、丸沼と大小の沼が6個。旭平を挟んで姿見ノ池があり、周遊できるように散策路が設けてある。姿見駅を出るとそこには色とりどりの素晴らしいお花畑が広がっていた。8時半頃になって相変わらず空は曇ってはいるもののガスが次第に薄くなってきた。いよいよ撮影開始。初めて見る花も沢山あって少々興奮気味。

ニシキツガザクラ イワブクロ イワブクロ チングルマ
チングルマ ゴゼンタチバナ コケモモ アオノツガザクラ

 最初は沼めぐり。緩やかな起伏で散策には手ごろな道。とは言っても山路であることには変わりがなく、石がゴロゴロしている。昨日の雨で散策路脇の花には雨滴がびっしりと付いており、それはそれでまた趣があっていいものだ。姿見周辺の沼を一巡りして姿見ノ池に至る旭平へ向かったが、それほど多くの花はみられなかった。池の脇には旭岳石室という避難小屋があり、そこから先は旭岳への本格的な登山道が山頂に向かって伸びている。

 旭岳の名は、「チュウ・ペツ(流れの速い川)」を「チュプ・ペツ(日の昇る川)」と誤訳し、朝日を旭と読みかえて明治43年に文部省が発案。この当時北海道庁がすでに「大雪山」と呼称していたことを知らずに命名されてしまい、これが全国的に広まったものとされる。語源の元となった忠別川は、大雪山・忠別岳の西斜面に源を発し、同じく忠別岳東斜面から発して大雪山の北を大きく回り込むように流れる石狩川と旭川市中心部で合流する。因みに、旭川も忠別川のアイヌ語「チュプ・ペッ」を語源としている。

マルバシモツケ メアカンキンバイ ガンコウラン コケモモ
エゾノツガザクラ コエゾツガザクラ ニシキツガザクラ アカモノ

 ツガザクラ類は自然交配によっていろいろな種類がある。コエゾツガザクラはエゾノツガザクラのように釣鐘型ではなく丸く、また色も淡い。ニシキツガザクラはエゾノツガザクラとアオノツガザクラとの自然交配種。アカモノは別名イワハゼ。メアカンキンバイは北海道特産種で、「メアカン」は発見地である道東の「雌阿寒岳」に由来し、「キンバイ」は花の色が黄色で形が梅の花に似ているところから「金梅」の名がある。

アカモノ ??? ホソバノキソチドリ ミヤマリンドウ
チングルマ ミツバオウレン チングルマ エゾコザクラ

 ここに掲載した写真は同じ種類の花も多いがどれも捨て難く、ついつい枚数が増えてしまった。キバナシャクナゲは既に最盛期を過ぎていたようで、なんとか形がまとまっているものを探して撮ったもの。散策路を歩いているときに突然現れたシマリスは、ちょっと姿を見せただけですぐに走り去っていまい、撮れたのはこの1枚だけ。シマリスの「シマ」は北海道を意味し、鳥ではシマアオジ、シマフクロウなどがいる。

マイヅルソウ ウサギギク ショウジョウバカマ ハクサンボウフウ
イソツツジ アオノツガザクラ シマリス キバナシャクナゲ


[ 天人ヶ原 ]
 午後1時、遅めの昼食を終えて帰路につく。姿見駅の少し上から盤ノ沢を経て姿見川沿いに天人ヶ原を通って旭岳温泉へ至る登山路がある。ダケカンバに囲まれた道を下り始めてしばらく経っても前後には誰も来ない。大雪山は有名な熊の生息地とあって少々心細い。第二天人ヶ原でようやく人を見かけた。

 なお、「天人ヶ原」は、国土地理院の2万5千分1地図やネット地図「Mapion」、旭岳ビジターセンターなどでは「天女ヶ原」の名を使用しているが、ガイドブックや山岳地図などでは「天人ヶ原」としている例が多い。どちらが正しいのだろうか?。どうもすぐ近くにある「天人峡」の方が有名で、それと混同されているようだ。この旅行記では、(株)ジオ発行「ATTACK 大雪山」にはっきりと「天女ヶ原は誤り」と書かれているので「天人ヶ原」を採用した。

 天人ヶ原は、湿原といっても規模はそれほど大きくなく、登山道の両脇数十メートルの範囲に湿地が広がっている程度。ただ、宿の主人から "大した景色じゃないよ" と聞いていたのとは裏腹に、周囲のアカエゾマツと湿原が程よくマッチしていて美しい景色だった。姿見ではミヤマリンドウを度々見かけた。しかし雲っていたせいか花はどれも閉じていて、ここでようやく開いた花を見ることができた。

ツマトリソウ ミヤマリンドウ ヤマハハコ ウツボグサ
オオバミゾホオズキ シナノキンバイ ワタスゲ ???

 第一天人ヶ原は、第二天人ヶ原から少し降りた登山路のほぼ中間点にあり、したがって咲いている花もほぼ同じ。ここから先は姿見川に沿った道で、下るにつれて木々の背丈が高くなり、花数も少なくなってきた。山麓駅に着いたのは午後4時半。通常、1時間40分で降りられる道を3時間半もかけたことになる。この日は昨日と同じ宿に連泊するので、宿までは車でわずか5分。夕食までの時間、宿の周辺を散歩していたら小さな沢の辺でキツリフネの白花を見かけた。

キツリフネ ワスレナグサ

 夕食後、部屋で電池の充電など、明日の準備をしていると、なにやら賑やかな音が聴こえてきた。どうやら楽器の演奏をしているらしい。そういえば、食堂脇にいろいろな楽器が置いてあったことを思い出した。ご主人が泊り客と一緒に演奏しているようだ。一瞬、見に行こうかとも思ったが、明日に備えて我慢。1時間余りで音楽も鳴り止み、3日目の夜が更けていった。


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