自己紹介  

名 前  Shun (ハンドルネーム)
住 所  尾張産。伊勢育ち
年 齢  >60  (自覚年齢 >40)
性 別  ♂  (生まれてこのかた、不変)
趣 味  PC、写真、囲碁、歴史小説、音楽
 ドライブ、野山で散歩

似顔絵は職場の同僚に描いていただきました。特徴が良く出ています。

mail: hana-tori-fukei@mediacat.ne.jp
(連絡先です。コピペしたときは、「@」を小文字に訂正してください。)



このホームページについて

  52歳になってから Windows パソコンを手に入れ、 ExcelとWordを同時に覚える方法として、Excelのマニュアル本を片手に、自分で例題を作ってはメニューにある機能をすべて試し、操作方法の要点をWord上に記録していた。Ecelの魅力に惹かれてマクロにも手を染め、とうとう自分用の辞書(マニュアル)まで作ってしまった。

 Excel一般機能・関数・マクロ(VBA)の解説を ExcelとWordに作成したものだが、せっかく時間をかけて作ったマニュアルを自分一人で使っているのはもったいないし、これから Excelを勉強しようとしている人に少しでもお役に立てたら、というつもりで Web 上で公開することとし、2001年9月末、初めてのホームページ「Shun's Page」を立ち上げた。

 以後、約2年間に亘ってExcelの解説を中心に制作を続け、2003年8月末に予定した解説を一通り書き終えた。そうこうしているうちに、Excelの解説だけではなんとなく殺風景で、もう少し潤いが感じられるものをという意味で、挿絵代わりに花の写真を撮り始めた。

 最初のうちはただ見たままを写しただけでなんの工夫も無く撮っていたが、もう少し綺麗に撮れないか、という欲が出てきたとたんカメラの性能限界に突き当り、コンパクトデジカメから1眼デジカメにグレードアップ。今手にしているのは5台目のカメラ。次第に写真の数が増えてきたので、2003年5月には「Shun's Page」にあった「花と緑の写真集」を独立させて二つ目のサイト「Tosigon's Club」を立ち上げた。

 冬になるとさすがに咲く花もなく、"何か他のものを"と思い、自分が住んでいるところを観光案内とは少し違った角度から取り上げてみようと「名古屋ところどころ」を始めた。2003年12月、近くの公園を紹介しようといろいろやっているうちに初めて鳥の写真を撮影し、野鳥にも興味を抱くようになった。

 撮影の後で写真を見てみると全く絵になっていないのに愕然として、正月休み期間中、毎日公園に通って鳥の撮影にチャレンジし、その難しさとともに面白さも知ることとなった。それからというもの、鳥の写真に病みつきになり、2004年5月にはとうとうフィールドスコープも買い求めた。

 掲載写真の枚数の増加とともに、二つのホームページとも無料レンタルスペースの契約容量限界に近づいてきたたため、思い切って有料レンタルスペースを確保して、2005年、自分にとって三番目のホームページとなる、「Shun's Nature Watching」を立ち上げることとした。毎週のように野山へ出かけるうちにさらに記事が増えてこれも容量不足となり、2007年11月この「野草と野鳥の写真館」を開設した。

 これからもドライブと体力練成を兼ねて野山に出かけ、花や野鳥、風景などの写真を思う存分楽しみたいと思っている。また、40歳から20年以上読み続けている日本・中国の歴史小説の読後感想なども、折りに触れて「日記」に書き綴っていくつもり。

人生を楽しむ

 定年退職を機に、年に1回は長期間の旅行をしようと決め、長年のあこがれだった北海道を訪れた。花や鳥を求めての一週間にわたるレンタカーでの一人旅。広々とした原野を走っていると気分爽快だった。以後、北海道の自然に魅せられて2006年までに4回も通った。これからは北から順に南の方へと訪れる先を移していくつもり。

 考えてみれば、人間は、自分の意思で思うように身体が動かすことができるのは、個人差があるとしてもせいぜい70〜75歳ぐらいまで。長くても定年からわずか15年しかない。定年後の人生をどう生きるかは人それぞれで、何が良いというものではない。さらに仕事を続けるのもよし、ボランティア活動で社会貢献をするもよし、趣味の世界に没頭するのもそれはそれでひとつの生き方。

 かって"人生50年"とも言われた時代もあったが、現代では寿命が伸びて人生80年、85年にもなった。晴耕雨読、あるがまま生きるとしても余生というには長すぎる期間が残されている。やはり"何か"を求めていたい。私にとっての"何か"とは、写真であり、Excelやホームページ制作なのかもしれない。いや、いや、囲碁も歴史小説もある。

 いつか日記にも書いたが、趣味はできれば4種類以上持ちたい。戸外・室内でできること、一人・複数でできること。この組み合わせで4つになる。これは肉体的にも精神的にも健康であるために必要なことだと思っている。その意味では、野山へ出かけて写真を撮り、ホームページでそれを紹介するだけでも二つの要素を満たすことができる。それよりも、リタイア後の男性諸氏がややもすると陥りがちな「濡れ落ち葉」「オレも族」などといった、世の女性からの不名誉な呼称が与えられるのを避けることができるだけでも意味がある。これからも気力・体力が続くかぎりいろいろなことにチャレンジしていきたい。


写真の楽しみ

 最近は、春から秋にかけて野草の写真、花が終わりかける晩秋から春にかけては野鳥の写真を撮るのが習慣となっている。どちらも野山へ出ての撮影だけに、良い運動になる。ことに大雪山へ登ったのを機会に、体力練成を兼ねて低山歩きをするようになり、脚力も次第についてきた。そうするとますます山登りが楽しくなってくる。

 登山道や野に咲く花は、環境に合わせて背丈を縮めたり葉の形を変えたりしてうまく適合している。北海道・礼文島で民宿の庭に咲いていたミヤマオダマキと、山道で見たミヤマオダマキはこれが同じ花かと思うぐらい背丈が違っていた。ことに山の礫地や稜線に咲く花は可憐なものが多く、その健気な姿には感動すら覚える。写真技術が未熟なため、心に感じたものをありのまま表現できないのがもどかしい。

 野草は咲いている場所と、開花時期が分かっていれば概ね出会うことができるが、野鳥の場合はそうはいかない。居そうな場所は分かっていても、いざ訪れてみると半日待っていても現れないことが度々ある。そうかといって餌付けをするのはなんとなく抵抗があるし・・・。狙ったとおりに姿を見せてくれて、枝ぶりの良い場所に止まってくれたときなどはついつい興奮してしまう。撮るのが難しいだけに、上手く撮れたときの喜びは大きい。

 写真を撮り始めた頃は、野草も野鳥もアップ写真を中心に撮っていたが、このごろは背景を生かすよう、できるだけ引いて撮るように心がけている。花や鳥の表情を捉え、背景の雰囲気も伝えつつ、なおかつスッキリした写真を撮ろうとすると、カメラから被写体、被写体から背景までの距離のとり方と、それに伴って変化する露出のバランスが難しい。特に白い花などはその大きさと被写体までの距離によって露出補正を変える必要があり、適正露出を得るために何枚も条件を変えて写し、その中から最適なものを選んでいる。

 これまで何万枚もの写真を撮ったが手元に残っているのはそのうちの2割ぐらいだろうか。「ヘタな鉄砲数撃ちゃ当たる」というわけではないが、デジカメはどれだけ撮ってもプリントさえしなければ費用がかかるわけではないので有難い。


歴史小説のこと

 40歳を少し過ぎた頃、職場の友人と雑談していて、"日本の歴史を小説でつないで読んでみると面白いかもしれないね"という会話をしたことがあって、実際にそれを実行してみることにした。それ以来、時代の前後にはおかまいなく、手当たり次第に歴史小説を買ってきては読み始めた。確か、最初の頃は吉川英二の作品が多かったように思う。

 いろいろ読み始めるうちに次第に興味を覚え、まさに、"むさぼり読む"という表現がぴったりという状態だった。作家で一番多くの本を読んだのはなんといっても司馬遼太郎で、彼の小説のすべてを読破した。そのうち、エッセイにも手を染め、彼の存命中には書店で見かける著作に目新しいものがなくなるほどになった。しかし、作家としてはまだ十分活躍できる年齢でありながらこの世を去ってしまったのが真に惜しまれる。

 その後、数人の作家の本を読んでいるうち宮城谷昌光に出会った。彼の小説の舞台は主に古代中国であるが、未知の領域ということもあって引き込まれるようにして読み始め、これも現在発行されている小説はすべて読み終えてしまった。司馬遼太郎も宮城谷昌光も緻密さという点では共通しているが、作風は当然のことながら異なる。緻密さ、という点では吉村昭も上記二人に決して劣ることはないだろう。彼の徹底した時代考証は唖然とするばかりで、本当に登場人物と行動を共にしたのではないかという錯覚すら覚える。しかし、残念ながら彼もまた鬼界に入ってしまった。

 日記にも触れたことがあると思うが、司馬は「司馬史観」という言葉に表されるように、小説には彼の歴史観が随所に表現され、殊に明治維新を背景に描いた小説に顕著である。彼の作風を一言でいうならば「時代を語る」の印象が強い。これに対して宮城谷は、心象風景を現すのが巧みである。彼の小説を司馬に例えていうならば、「人間を語る」とでも言ったらよいであろうか。吉村昭は、英雄よりむしろ傍流的存在の人物にスポットを当て、漂流物など、極限状態に置かれた人間の生き様などを綴っている。最近では北方謙三などもよく読んでいる。彼の小説はテンボが良く、内容もあまり肩が凝らないものが多い。それはそれでまた別の楽しみがあっていい。

 昨年(2007年)、東北の山めぐりをして、旅行記を書き終えた頃に高橋克彦を知った。東北出身ということからか、東北地方の歴史を題材にして多くの小説を世に出している。旅行前に彼の本を読んでいたら訪れた土地の印象もまた異なるものがあったと思う。惜しいことをした。次に東北へ行く機会があれば源義家、坂上田村麻呂、藤原三代の活躍した舞台をじっくり見てみたい。

 これからもライフワークとして歴史小説を読み続けていきたいのだが、最近、これといった小説に巡りあっていないので新進気鋭の作家の出現を待望するばかりである。 


烏鷺の戦い

 烏鷺の「烏」はカラス、「鷺」はいわゆる白サギを意味する。囲碁は黒い石と白い石を用い、361の升目に交互に石を置いて陣地の大小を競うゲームで、碁石をカラスとサギの羽根の色に見立てて囲碁のことを「烏鷺の戦い」ともいう。囲碁を始めたのは、就職して間もない頃、いつも無口な仕事の先輩が昼休みになると面白おかしく言葉を交わしながら囲碁に打ち興じている姿を見て、自分も覚えてみたいと思ったのが動機である。

 打ち方を教えてもらっているうちに先輩とも気安く話ができるようになり、数ヶ月経った頃には置石も星目から徐々に減っていった。そうなると面白さも増し、ますます力が入るのが人の常で、月に数回あった宿直の日などは囲碁ができる人を捕まえては夜遅くまで付き合ってもらったり、就寝時に仰ぎ見る天井の節穴が碁石に見えたという記憶もある。

 囲碁の段級位は、日本棋院で対戦して一定の成績を挙げると認定されるのだが、今だに一度も認定試験を受けたことがないため、正式な段級位をもってないが、街の碁会所では一応参段格で打たせてもらっている。どんなことでも長い間続けているとある程度の段階までは進み、知識も深まるもので、囲碁についての格言もそれなりに覚えた。

 その中で、「大局着眼、小局着手」というのがある。おおまかな意味は、局面の優劣の状況や着手の優先順位、攻め合いの手順・手数を見極め、最も効率的・効果的な着手場所を選択して打つこと、と言えばよいだろうか。ある時、このことは囲碁だけではなくどんなことにも共通することなんだ、と気がついた。

 囲碁では一概には言えないものの、序盤においては1手の価値が10目ぐらいに相当すると聞いたことがある。要するに、不要・不急な場所に石を置いては相手に遅れるというわけである。ましてや、石の生死を争っている場合では1手の遅れが致命的となる。こう考えると、仕事においても他のことについても同じことが言えるのではなかろうか。「先手必勝」という言葉もこれと同じ意味と考えればよい。


音楽との出会い

 中学2年生の時のこと。音楽の授業が終わって教室に戻ろうとしたら先生に呼び止められた。"コーラスをやってくれないか ?"。一瞬、"えっ! なんで ?" と思った。音楽は得意というほどではなかったが人並みには歌えたつもりだったので、せっかくの誘いだからと、了解の返事をして混声三部合唱の一員となった。ただ、丁度その頃に変声期を迎え、声を出すのがままならなくなったので直ぐに退部してしまった。

 高校に進学してからは柔道部に籍を置き、1年生の夏休みには初段に合格した。まずは順調な滑り出し。2年生になって健康診断の折に行われたツベルクリン検査で陽性の結果が出た。当時、陰性から陽性に変わる(これを「陽転」と言った。)と、激しい運動をしてはいけないと言われ、一時柔道部を休部した。"他に何か"と考えた結果、中学校で少しかじったことのあるコーラスをやってみようということになった。

 今度は混声四部合唱。パートはバス(ベース)である。やっているうちに次第に面白くなり、部活のコーラスだけでは物足らなくなって市内の高校生、大学生で結成された学生合唱団にも入った。こちらの方はレベルが高く、コーラスの醍醐味を存分に味わうことができた。高校卒業と同時に社会人の合唱団に入り、30代半ばまで続けていたが、仕事関連の都合で退団。

 この頃からクラシック音楽にも興味を持ち、シンフォニーを始めいろいろなジャンルの曲を聴いた。その中でも最も気に入ったのは室内楽で、とくにバロック音楽は透明感のある響きに魅かれてよく聴いた。弦楽四重奏曲も楽器の編成がコーラスに似ていることもあって、お気に入りのひとつ。楽器ではチェロが人の声に近いように思えてチェロ協奏曲を探してはレコードを買ったりした。声楽曲も中世の宗教音楽を中心とする合唱曲や男声クワルテットを数多く買い求めた。

 現在は、仕事をリタイアしたので自由時間はたっぷりあり、野山へ出かけて写真を撮ったり、ホームページを作ったりと、勝手気ままな生活を楽しんでいるが、それなりに忙しくてなかなか音楽を聴く時間がとれない。いつの日かゆっくり音楽に親しみたいと思うことがあるとと思う。


星と宇宙論

 小学生のころ、住んでいた市営住宅には風呂が無く、銭湯へ通った。薄暮の空には金星や火星が輝いているが、帰路には空がすっかり暗くなり、上を見上げれば天の川が天空を横たわっていた。星座に関心を持ったのもその頃で、ギリシャ神話を読んでは満点の星の中から星座を探し当てるのも楽しみだった。20代の半ば頃からは、宇宙のそもそもの成り立ちや遠い将来の姿はどうなるのか、といった宇宙論の世界への関心が強くなり、科学雑誌や時には専門書まで買うようになり、星への興味は今も変わることなく続いている。

 最近では、東大教授の加藤勝彦、イギリスのスティーヴン・ホーキング、アメリカのアレックス・ビレンケンなどの物理学者が書いた本などもよく読んでいる。もちろん、専門的なことはよく分からないが、そこに描かれた壮大な宇宙のドラマには驚嘆するばかりで、人間の想像力は尽きることがないのではないか、とさえ思える。宇宙が無から生じたこと、われわれが住んでいる宇宙のほかにも数知れない宇宙が存在する、などということは到底理解の限度を超えている。

 しかも、そうした超マクロの宇宙の過去・現在・未来を説明する宇宙論は、超ミクロの世界「素粒子」の研究によって得られたという。まさに不思議としか言いようのない世界である。しかし、そんな手に負えないような宇宙よりも、NASAのハッブル宇宙望遠鏡や日本のスバル望遠鏡で見る宇宙のほうが実感として星と宇宙をを味わうことができる。カメラに映し出された銀河や星雲の映像はどれもがバラエティーに富んでいて非常に美しい。みなさんにも是非ご覧になっていただくことをお勧めする。

ハッブル宇宙望遠鏡 http://www.nasa.gov/mission_pages/hubble/main/index.html
すばる宇宙望遠鏡 http://www.naoj.org/j_index.html


ホームページ作成関連使用機材
種  別 機  器  名 メーカー 名 称・規 格 備  考
PC関係 パソコン SONY  PCG-GR5F/BP   
プリンター EPSON  PM-G800   
スキャナー CANON   N656U   
FDドライブ SONY  IMATION D353FUE   
カメラ関係 Digtal 1眼レフカメラ CANON  EOS 20D   
CANON  EOS Kiss Digtal   
Digtal 1眼レフカメラ
交換レンズ
CANON  EFS10-22mm F3.5-4.5   
CANON  EFS18-55mm F3.5-5.6   
CANON  EF24-105mm F4L   
CANON  EF55-200o F4.5-5.6  
CANON  EF70-300o F4.5-5.6   
CANON  EF100o F2.8マクロ  
CANON  EF-S60o F2.8マクロ  
Conpact Digtal カメラ NIKON  Coolpix E4300 2台
アングルファインダー CANON ANGLE-C   
PLフィルター KENKO 52mm,58o,77mm 偏向
NDフィルター KENKO 58mm 減光
リモートスイッチ CANON RS-80N3 20D用
CANON RS-6DE3 Kiss用
ストロボ マクロリングライト CANON MR-14EX  
ストレージビューワ P-2000  EPSON 40GB  
スコープ フィールドスコープ KOWA TSN-664  
アイピース DIGSCO.COM 30XWFA-P  
DIGSCO.COM 20XWFA-P  
三脚関係 三脚 GITZO G1227  
VELBON ULTRA LUXiSF  
一脚 VELBON RUP-45  
雲台 GITZO G2380  
VELBON PH-460B