萱 野 高 原  



07年5月20日(日)  長野県箕輪町の萱野高原(1,200m)は、南アルプス北端の守屋山(1,650m)と不動峰(1,374m)の中間に位置し、西方には伊那谷を隔てて聳える中央アルプスの山々を一望することができる。アルプスに沈む夕陽が美しいことから「信州のサンセットポイント100選」にも選定されているビューポイントである。

 今回は、塩嶺小鳥の森で探鳥後、高ボッチ・鉢伏山を散策しての花巡りが本来の目的で、前日夕刻からテントで野営して朝の訪れを待った。起床は午前4時。空はようやく仄白くなりかけたばかりなのに、すでに野鳥の囀りが聞こえる。カメラをセットしたりテントを片付けたりしているうちに陽が昇り、木々の頂を赤く染め始めた。いよいよ撮影開始。

 森の中の散策路を歩いていると、キビタキ、ウグイス、コルリ、アカゲラなどの声に混じって時々オオアカゲラのダイナミックなドラミング音が聴こえる。しかし、前日の夕方には樹間を飛び回っていたキビタキが一向に姿を見せない。お目当てのオオルリは鳴声すら聴くことができず、2時間ほど小鳥を求めて歩いてみたが、声はすれども姿は見えず、結局、撮れたのはクロツグミだけだった。

クロツグミ。貴重な成果品。

 塩嶺小鳥の森では5月初旬から6月下旬までの日曜日に上諏訪駅〜下諏訪〜岡谷駅のルートで「小鳥バス」が運行されており、この日も20人ほどのバードウォッチャーが手にスコープや双眼鏡を持って訪れていた。8時過ぎ、野鳥の撮影を切り上げて少し遅めの朝食をとってから次の目的地の高ボッチに向かった。

 高ボッチのネーチャーセンターへ立ち寄って野草の開花情報を聞いてみると、咲いている花はイチリンソウ、ニリンソウ、フデリンドウといったところ。それもそのはず、広い高原はまだ一面の枯れ草に覆われており緑色は笹の葉ぐらい。標高1665mの高ボッチの頂上展望台まで登ってみたら、そこには素晴らしい景色が広がっていた。

手前の湖は諏訪湖。遥か遠くに富士山。

 眼下には諏訪湖が空の青を映して輝き、遠くには富士山が雨後の済んだ空気をとおしてその優美な姿をくっきりと見せている。右は頂を真っ白な雪で化粧した南アルプス、左には八ヶ岳連峰南稜の緩やかなカーブが美しい弧を描いて諏訪盆地へと落ちている。なんとも贅沢な景色だ。しばしこの雄大なパノラマを楽しんだ。

 さて、この後の予定は何も決めていない。車まで戻って地図を開いて次の目的地を探す。この調子では入笠山の花も多くは望めそうもないので、とにかく地図で伊那谷方面の適当なところを物色していたら「ザゼンソウの里公園」の文字が眼に入った。季節的にはすでに花は終わっている頃だが後日の参考にと寄ってみることとした。

 高ボッチを下山して国道20号線まで戻り、県道14号線を経て諏訪湖の南岸に沿って走る県道16号線を東へ向かって進む。湖岸道路では日曜日の朝とあって、ジョギングやウオーキングを楽しんでいる人の姿がよく目につく。豊田有賀の信号を右折して県道50号線へ入る。山は萌黄の広葉樹や瑞々しい新緑の唐松に彩られ、窓を開けて走っていると風景と相まって山の冷気が心地よい。有賀峠を辰野町側へ少し越えたところに「ザゼンソウの里公園」の案内標識があった。

ヒトリシズカ アオイトトンボ ヤマシャクヤク
ホソバノアマナ ムラサキエンレイソウ ミヤマエンレイソウ

 ザゼンソウの里公園は、広さ約約1.6ha。園内には季節ともなれば3万本以上と言われるサゼンソウり群生が見られるとのこと。見頃は3月中旬から4月上旬というから花の旬はもう1ヵ月以上も過ぎてしまっている。園内には観賞用の遊歩道が整備されており、実際に歩いてみると想像していたより遥かに規模が大きく感じられた。

 ここでヤマシャクヤクが一株だけ真っ白な花をつけているのを見つけたときは驚いた。ヒトリシズカもまだ健在。最近はめっきりその数を減らしているというホソバノアマナに出会えたのも思わぬ収穫。ムラサキエンレイソウは独特の縞模様は薄かったものの、その特徴はよく出ていた。

 ザゼンソウの里公園を後にしたとき、時刻は11時を少し回ったところ。まだ帰るには早すぎる時間なので、伊那谷の見晴らしが良いところで昼食をと地図を探ってみたら、「萱野高原」という名があった。初めて目にする名だが、名前からすると景色が良さそうなところなので行ってみることにした。県道50号線平出交差点を左折して県道19号線を一路南下。案内標識に従って山道に入る。

フデリンドウ チゴユリ ササバギンラン
ラショウモンカズラ ルイヨウボタン シハイスミレ センボンヤリ

 中央アルプスの主峰、木曽駒ケ岳の雄姿を愛でながらの昼食もまたオツなものと眺望の良い場所を求めて登って行くと、尾根道の頂付近に「萱野高原亜高山植物園」の看板。眼前には目論見どおりアルプスの山々。ここで昼食と決めた。食材はインスタントラーメン。麺を一度湯がいてからレトルト食品とスープを入れて出来上がり。さらに朝食の残りの薄切りのハムを加えて少しはリッチな気分。美味かつ満足。

 食事場所のベンチの下を見れば、なんとフデリンドウ。他には? と探してみると日当たりの良い場所のそこここに小さな紫の花が咲いていた。昼食後、亜高山植物園を散策。4月中旬〜5月上旬の花の季節には1,000株を超える水芭蕉が一斉に花をつけるとのこと。機会があれば是非その頃に訪れてみたいものだ。

ホソバノアマナ シュンラン ツルニチニチソウ ギンリョウソウ

 帰り道は、少し脚を伸ばして高遠城址に立ち寄った。ここの1,500本あまりのタカトオコヒガンザクラは特に有名で、季節ともなれば大勢の花見客で賑わう。また、天正10年(1582年)2月、織田信長の長男・織田信忠による武田攻めで高遠城が落城し、この合戦の9日後に武田氏が滅亡したという歴史に残る城跡でもある。

 高遠城のコヒガンザクラは、「城の攻防戦で散った武者たちの血を吸っているので、これほど綺麗な桜になった」との言い伝えがあり、少し赤みを帯びた花の可憐さと規模の大きさが「天下第一の桜」と称される所以でもある。花を落としてすっかり若葉が繁った桜の木を眺めながら、古の物語を偲んでいると梢を吹き渡る風さえも風情があるように思われた。


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